【教養のための世界史】ラテンアメリカの古代文明

今日はラテンアメリカ古代文明大航海時代。日本人はマチュ・ピチュが好き。

 世界史チャレンジ。大学受験や教養、旅行の前になど。毎日少しずつ知っていこう。

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地図

 まずは、今日やる地域の場所を確認しましょう。赤で囲ったところが今日の舞台です。

 

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文明

  古代アメリカには高度な文明が存在しました。先住民はインディオ(インディアン)と呼ばれます。彼らは、トウモロコシ、ジャガイモ、トマトなどを栽培してくらしていました。彼らの暮らしは不思議なものでした。それは、鉄、牛馬、車輪がなかったので、重いものをどうやって運んでいたのかわかっていないのです。

 

 古代アメリカ文明は大きく2つ分けてられます。まず、メソアメリカ文明です。現在のメキシコ付近でできた文明をまとめてメソアメリカ文明と呼びます。その中では、オルメカ文明があります。独特な巨石人頭像が作られたことで知られます。

 

 また、マヤ文明があります。ユカタン半島に出来て、ピラミッド状の神殿を作り、マヤ文字を使用し、二十進法、暦が発達しました。さらに、テオティワカン文明があります。太陽のピラミッドを作りました。

 

 そして、14世紀から16世紀ごろ、アステカ王国が出来ました。都はテノチティトランです。現在のメキシコ・シティーです。ピラミッド状の神殿や象形文字太陽暦など高度な文明が栄えていたのがわかります。最終的には、スペインのコルテスによって、征服されてしまいました。

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 次は、もう1つの文明です。アンデス文明です。その中にはインカ帝国がありました。都はクスコは標高3400メートルのところがありました。現在では都市遺跡のマチュ=ピチュが残されています。

 

 インカ帝国では、キープ、石造建築など高度な文明がありましたが、スペインのピサロによって滅亡しました。

 

征服

 スペインからアメリカ大陸へやってきた征服者をコンキスタドールといいます。彼らは、アステカ、インカ帝国を次々と征服していき、ポトシ銀山を発見しました。そして、先住民を酷使して、銀を採掘し、ヨーロッパに大量に輸出します。これが価格革命の原因の1つです。

 

 スペインは、エンコミエンダ制を使って、アメリカ大陸の統治を行いました。先住民をキリスト教化させることを条件に、労働力として使役することを許可したものです。しかし、酷使することを主としたために、先住民は大量に亡くなっていきました。

 

 ラス=カサスは、『インディオの破壊についての簡潔な報告』を王に提出することで、この状況を止めようとしました。

 

 それでも、先住民たちは亡くなっていきました。ヨーロッパからもたらされた疫病に免疫を持たなかった先住民たちは、疫病にかかりやすく、命を落とすことが多かったことも理由の1つになります。

 

 すると、労働力が無くなっていきます。そのため、スペインはアフリカの黒人奴隷を使用することを考えます。エンコミエンダ制からアシエンダ制に切り替えました。広大な土地で、先住民や黒人奴隷を労働力に商品作物を栽培します。この商品作物を作る広い畑のことをプランテーションといいます。

 

 さらに、スペインは中南米からアジアへアクセスしていきます。スペインから中南米へ、そして、マニラに行き、そこで中国商人と取引しそれを持って帰りました。これをアカプルコ貿易といいます。ガレオン船を使ったので、ガレオン貿易ともいいます。これは、ポルトガルのルートを避けるためにこのようなルートを通っていました。

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略図

マヤ文明

アステカ王国

 

○オルメカ文明

テオティワカン文明

トルテカ文明

アルテカ王国

↓ コルテス

 

アンデス文明

 チャビン文化

インカ帝国

↓ ← ピサロ

 

今日はここまで。ではまた次回!