【教養のための世界史】 古代インド

今日は古代インド。インドといえば、カレーとガンディーと映画ですかね。知ってることが少ない。

世界史チャレンジ。大学受験や教養、旅行の前になど。毎日少しずつ知っていこう。

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青い文字をクリックすると関連した画像検索や記事に飛びます。絵や写真だったり、続きの話、前の話です。気になったらさっと見てみましょう。

 

 

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 あらすじ

 古代インドにはインダス文明がありました。謎が多くすぐに消え去ってしまいます。その後、アーリヤ人が侵入してきました。彼らはヴァルナと呼ばれる身分階級制度を利用して統治します。

 

 前6世紀は抗争の時代になりますが、アレクサンドロス大王の侵入で統一の動きを見せました。マウリヤ朝がインドを統一します。その後、さまざまな大国が出来ていきますが、ヴァルダナ朝滅亡後に再度インドは分裂してしまいました。

 

概観

 今日は赤で囲ったところの歴史をやります。

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 地図

 まずは、今日やるインドの位置を地図で確認しましょう。赤で囲まれた地域が今日の舞台です。

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インダス文明

 前2600年頃からのインダス川の流域でインダス文明(前2600~前1800)が栄えます。ドラヴィダ人が作ったとされています。また、インダス文字を使用していましたが、未解読です。さらに、壮大な都市建設がされたにもかかわらず、大規模や宮殿や墓が未発見なのもあり、インダス文明は謎がとても多いです。

 

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 インダス川下流にはモエンジョ=ダーロ、そしてインダス川中流には、ハラッパという遺跡があり、そこの情報から私たちはインダス文明について学んでいるということです。

 

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 そして、インダス文明は前1800年頃、消え去ってしまいます。理由はわかっていません。

 

アーリヤ人

 前1500年ごろ、アーリヤ人が侵入していきます。カイバル峠を越えて、パンジャーブ地方に定着します。そして、前1000年頃には、ガンジス川流域に定着し、農耕を開始します。

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 アーリア人ヴァルナという階層身分制度を作って統治していました。司祭のバラモン戦士のクシャトリヤ庶民のヴァイシャ隷属民のシュードラと分かれています。また、この身分に入れない不可触民がいました。

 

 やがて、各ヴァルナに応じて、就ける仕事が決まってきます。それをインドではジャーティと呼び、英語ではカースト制度といいました。

 

バラモン教

 アーリア人バラモン教を作りました。ヴァルナでのバラモンが管理しています。聖典ヴェーダです。その最古のものを『リグ=ヴェーダ』といいます。

 

抗争

 前6世紀は、抗争の時代になります。十六国が争っています。その中で有力だったのが、マガダ国コーサラ国です。2つの国は争い、結果、マガダ国が勝ちます。

 

 この争いの時代は社会に変化をもたらします。この争いで実際に活躍するのは、バラモンではなく、戦士のクシャトリヤと物資を運搬するヴァイシャでした。そのため、バラモン教の価値観への反省と批判からウパニシャッドという宗教・哲学書が生まれました。

 

 インドでは現世の行為によって来世が決定されながら、生死は繰り返されるという輪廻転生という考え方がありました。そして、この状態から脱却するためにさまざまな宗教が出てきます。

 

 前5世記頃、ガウタマ=シッダールタによって、仏教が出来ます。ブッダ(仏陀)のことです。彼はカースト制度を否定し、人間の平等を説きます。仏教は、クシャトリヤからヴァイシャまでも支持されました。

 

 また、カウダマーナ(マハーヴィーラ)によって、ジャイナ教が出来ます。極端な不殺生主義が特徴です。そして、仏教と同じく、カースト制度を否定しました。主にヴァイシャの間に支持されます。不殺生主義のため、クシャトリヤからは支持されませんでした。不殺生だと戦えませんからね。

 

統一

 アレクサンドロス大王の大群がインドに侵入していきます。なんとか追い返しますが、再攻に備えて、統一の流れになってきます。

 

 前317年頃、チャンドラグプタ(前317~前296)マウリヤ朝(前317~180)が建国し、インドを統一します。都はパータリプトラです。

 

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 マウリヤ朝の全盛期はアリョーカ王(前268~前232)の時です。領土が最大になります。

 

 彼は広大な領土をダルマ(仏教理念)を使って統治しようとしました。また、教えを刻んだ磨崖碑石柱碑を作って各地に置きます。さらにシャカの遺骨を納めるためにストゥーパを作らせました。そして、仏教の教えを定めるために仏典の結集を行い、スリランカ(赤で囲まれた箇所)まで布教したりします。結集とは、仏教の解釈を1つにしたということです。

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王朝

 1世紀にはクシャーナ朝(1世紀~3世紀)ができます。インドというより中央アジアに近いですね。赤い箇所がクシャーナ朝です。カニシカ王のときは仏典を結集しました。

 

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 この土地は中国とイラン方面の中継地点として栄えました。そのため、ガンダーラ美術が生まれます。仏像の起源になります。この仏像が中国や日本に届いて、それらの地域でも仏像が作られるようになったわけです。

 

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 320年頃、グプタ朝(320頃~550頃)ができます。都はパータリプトラで、全盛期はチャンドラグプタ2世(375~416)のころです。赤で囲まれた箇所がグプタ朝です。

 

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 この頃、中国(東晋)から仏教を勉強するために法顕(ほっけん)がやってきます。彼は『仏国記』を書きました。その中には、グプタ朝やチャンドラグプタ朝の様子が描かれています。

 

 7世紀、ハルシャ王(606~647)ヴァルダナ朝を建国します。赤で囲まれた箇所がヴァルダナ朝です。この頃、中国(唐)から玄奘(げんじょう)が仏教を学びにきました。彼は『大唐西域記』を記します。西遊記三蔵法師ですね。

 

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 ヴァルダナ朝が滅亡した後は、インドは小さな国が乱立する分裂期になります。この頃にやってきたのは義浄(ぎじょう)です。彼はスマトラ島で『南海寄帰内法伝』を書きました。

 

文学

マハーバーラタ』・・・バーラタ族の戦争が描かれている

 

 インド神話の壮大な叙事詩マハーバーラタ』の物語を再話し、挿絵つきの読みやすい物語に。
背景となる神話やインドの文化をコラムで解説。英語圏で15万部を売り上げている、

 

ラーマーヤナ』・・・ラーマ王子が奪われた愛妻を救出する英雄叙事詩

 

ラーマーヤナ(上) (レグルス文庫)

ラーマーヤナ(上) (レグルス文庫)

 

マハーバーラタ」と並ぶインドの誇る古典叙事詩にしてアジア人の心のふるさと、英雄ラーマの歌物語。原書の詩を散文に変え、読みやすくした童話風読み物。悪魔ラーバナを倒すため、神々が約束を交わして人間と猿の姿に降誕する。(下巻に続く)

 

この2つはクシャトリヤの活躍を描いた作品で、古代インド語のサンスクリット語で書かれています。2大叙事詩と呼ばれます。

 

シャクンタラ』・・・カーリダーサ /  インドのシェークスピア

 

シャクンタラー姫 (岩波文庫 赤 64-1)

シャクンタラー姫 (岩波文庫 赤 64-1)

 

 

仏教、美術

ナーランダー僧院・・・仏教学院、大学。仏教数学の中心。

 

アジャンター石窟寺院・・・グプタ様式

 

宗教

上座部仏教・・・小乗仏教とも呼ばれる。出家して自身の解脱を目指すことを重視します。マウリヤ朝時代(前317~180)に成立しました。スリランカから東南アジアへ広まります。

 

大乗仏教・・・菩薩信仰が特徴です。すべての人々の救済を目指します。クシャーナ朝時代(1世紀~3世紀)に成立しました。中央アジアからチベット。そして、中国、朝鮮、日本へと広まります。

 

ヒンドゥー教・・・他の宗教が出てきて劣勢になったバラモン教に各地の民間信仰が融合して生まれました。有名な神はシヴァ神(画像)ヴィシュヌ神などがいます。他にもさまざまな神がいます。そして、各ヴァルナの権利や義務を規定したマヌ法典があります。元はバラモン教なので、バラモンの優位性を強調した内容になっている。

 

 現在、インドにはヒンドゥー教が多いのには理由があります。それは、7世紀頃に起こったバクティ運動です。ヒンドゥー教の神に絶対的に帰依することで解脱をはかる宗教運動のことです。これを通じて、インドに広まりました。

 

 略図

ドラヴィダ人

アーリア人

マガダ国 / コーサラ国

マウリヤ朝

↓ チャンドラグプタ

↓ アリョーカ王

サーターヴァーハナ朝

グプタ朝

↓ ← エルタルの侵入で衰退

ヴァルダナ朝

 

今日はここまで。ではまた次回!

 

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