世界史チャレンジ018日 秦、漢 -1000語-

今日は中国史の続き。王朝を書かせられるテストをしたなあと思い出した。

 

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竜山文化

西周

春秋

戦国

前漢

後漢

 

 前4世紀ごろ、秦の孝公が都を咸陽に移します。孝公には宰相の商鞅がいました。彼は様々な国政改革を実施しました。その総称を変法といいます。そして、中央集権化を目指していきました。これにより、秦は強くなっていったわけです。

 

 前221年、秦王のは、中国初めて統一します。彼は中国史上初めて、皇帝という称号を使います。そのため彼のことを始皇帝と呼ぶことになります。

 

 まずは、内政から見ていきましょう。始皇帝の時代、郡県制という地方統治をしていました。全国を郡に分けて、郡の下に県をおき、任命した官吏を派遣するというものです。

 

 また、思想、言論の統制のために、焚書・坑儒を行います。自分の都合に合わない考えの書物を焼き払ったり、始皇帝に批判的な儒家を生き埋めにしました。さらに、全国を統一したので、貨幣も統一します。それが半両銭です。

 

 この始皇帝の力の強さを象徴するのが、兵馬俑を副葬したということです。彼の死後、彼の墓に兵隊とそっくりな等身大の焼き物を埋めたのです。

 

 次は外征です。まず、匈奴対策として、万里の長城の修築を行います。また、ベトナム遠征をして、南海郡を設置しました。

 

 このように彼はさまざまな改革を一気に実施していきます。そのため、人々はその改革についていけません。この不満は彼の死後爆発します。

 

 前209年に、陳勝呉広の乱が起きました。中国史上最初の農民反乱になります。