世界史チャレンジ036日目 ドイツ史 -1000語- 

今日はイベリア半島とドイツとイタリアと北欧ですね。なぜ世界史の教科書は流れがつかみにくいのか。

 

 

イベリア半島

西ゴート

ウマイヤ朝

後ウマイヤ朝

↓                 ↓

カスティリャ王国 / アラゴン王国  ムラービト朝

 ↓                 ↓

ポルトガル王国          ムワッヒド朝

↓                    ↓

スペイン王国            ナスル朝

 

○ドイツ

東フランク

ドイツ王

神聖ローマ帝国

シュタウフェン朝

↓ 

大空位時代

ハプスブルク

プロイセン

 

○イタリア

カロリング朝

中部フランク

イタリア諸邦 ヴェネツィアフィレンツェ、ミラノ   /    両シチリア王国 / 教皇

↓ ギベリンvs ゲルフ

イタリア王国(ずっと先)

 

○北欧

ノルマン人

北欧3国

カルマル同盟

↓ デンマーク連合王国

デンマーク / スウェーデン

 

という流れ

 

○ドイツ

 初代神聖ローマ皇帝は東フランクのオットー1世です。神聖ローマ皇帝とは、地上における神の大理のことで、キリスト教世界を守るということです。しかし、国内の諸侯はいうことを聞いてくれません。

 

 そこで教会を味方につけて対抗しようとしました。彼は、神聖ローマ皇帝はキリストの守り主なので、教会の責任者を任命できると考えます。それが、帝国教会政策です。国内の聖職者の任命権を皇帝が持ち、教会を仲間にして、諸侯を押さえ込もうとしたのでした。

 

 神聖ローマ皇帝は自分の力を強くするために積極的にイタリア政策を行っていました。神聖ローマ皇帝キリスト教の守り主なので、カトリックの中心地であるイタリアを支配下におさめたかったのです。

 

 しかし、何度もイタリアに行くので、皇帝がドイツに不在のため、次第に諸侯が自立化していきます。そして、領邦が形成されていきます。諸侯の領土が独立国のようになってしまったのでした。そのため、神聖ローマ皇帝の影響力はほとんど及ばなくなります。

 

 これもあって、教会をどうしても味方につけていたかったのです。しかし、叙任権闘争を迎えてしまいます。当時の神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世は聖職叙任権を巡って、教皇グレゴリウス7世と対立します。しかし、カノッサの屈辱教皇に屈する形になってしまいました。

 

 1256から73年、大空位時代を迎えます。事実上の皇帝が不在の時代のことです。そして、諸侯選挙を実施し、新たな皇帝を選出することで大空位時代は収束していきます。

 

 カール4世のとき、1356年に金印勅書を発布されます。皇帝選出権を7人の選帝侯に付与する法です。1438年以降は、皇帝位はハプスブルク家世襲していきました。